私はひとり旅推奨派ですが、どうして一人だといいのか、前にお話ししました。
今日はそれとは別の角度から、
一人で旅することの効用についてお話ししてみます。
ベトナムで飛行機に乗り遅れた話
またひとつ、私の体験談をお話しします。
もう20年も前になりますが、1998年の夏のこと、
私はベトナムのホーチミン市にいました。
その時は一人じゃなかった。
友達2人と一緒の、計3人旅でした。
ホーチミン市に3泊ほどして、最終日の晩。
バンコク行きのタイ航空で出国の予定でした。
タクシーで空港に乗り付けて、出発案内のボードを見上げると、
タイ航空「BANGKOK」の文字があり
(よしよしちゃんと飛ぶんやな)
その横で赤いランプがチカチカ点滅していました
(え?! どういうこと?)。
それはファイナルコール、搭乗の最終案内を示す点滅でした。
空港に着いて、タクシーを降りて、すぐに見上げた入口のボードで点滅してるんですからね、
これは完全に乗り遅れです。
あの赤いのがチカチカ点滅してた光景は、20年経った今でも忘れられんです。
当時はホーチミン市の空港も今よりずっと小さかった。
出発30分前くらいなら、乗れてたかもしれません。
が、このとき空港に着いたのは、実に当便出発時刻の10分前。
それでも一応はチェックインカウンターに走って、お姉さんにチケット見せて頼んだのですが、
「さすがに無理です」
と言われました。
私自身、頼みながらも、「そりゃ無理だ」と思ってました。
どうしてそんな間際になってようやく着いてるのか。非常識極まりない。
何してたんやっていう話です。
空港までの道が混んだとか、ホテルでトラブルがあって出発が遅れたとか、そういう障害は一切ありませんでした。
タクシーに乗りこむまで、どこで何をしていたかというと、何のことはない、
ホテルのレストランで悠々とビール飲んでたんです。
アホです。
なんでこんなアホやったかというと、出発時間を勘違いしてたんですね。
フライトの出発時間は21:00でした。
これに乗ろうと思ったら、まあ普通なら19:30には空港に着いておきたいところです。
でも私は、「空港に着く時間が21:00でいい」と思い込んでたんです。
で、20時50分ごろ着いて、「まだまだ時間あるわ。余裕余裕」と思ってたんです。
出発ボードを見上げる瞬間まで。
「出発時間」と「チェックイン時間」を勘違いするミス。
これと同じことを、私は20年後にもやってしまいました。
次はせめて30年後くらいで勘弁してもらいたい。
グループ旅行にありがちな落とし穴
さて、話の要点は何かというと、
「このときの私は、ひとり旅ではなかった」
ということです。
連れが2人もいてたんです。
私はアホやから、出発時間を勘違いしています。
でも、たとえ一人がアホでも、他の誰かかが気づきそうなもんですね。
間違いが正されるチャンスは大きいと、常識的には思われる。
で、実際にはどうだったか。
3人が3人とも、まとめて乗り遅れてるんです。
こういうのを「依存状態」というんでしょうね。
このとき、確かに私は他の2人よりも、ほんの少しですが旅行経験が豊富だった。
この3人の中では、英語も一番できました。
だから、おそらく2人は私に依存していた。
「ぜんぶコイツに任せといたら大丈夫だろう」という錯覚に陥って、思考停止状態になってしまってたんじゃないかと思います。
全然大丈夫ちゃうのに(笑)
ただ、たぶん私の方も、2人に依存しているところがあったんだろうと思います。
スケジュールのチェックも、どこかおろそかにしていたんじゃないかと。
だって、同じ行程のモンが他に2人もいるわけですからね。
「オレがちゃんと確かめんでも、他に2人もいるんやから誰かやってくれてるわ」って、思ってたんでしょう。
こうしてその場にいる者同士が依存しあって、互いに責任を押し付け合って、その結果、団体でまとめて失敗する。
といったようなことが、グループ旅行ではちょくちょく起こるわけです。
飛行機に乗り遅れまではしなくても、小さなトラブルや不具合はちょくちょく起こる。
その時にどう思うかというと
「コイツがもっとしっかりしていたら…」
だったりするんですね。
自分のことは棚に上げて。
けっこう仲のいい友達と一緒に行ったりしても、思わぬケンカの起こることがある。
「成田離婚」なんて、そりゃ全然あり得るよなーって、思います。
自分がやらざるを得ない状況をつくる
この点、ひとり旅なら依存する相手がいない。
何から何まで、すべて一人でやらなくてはいけません。
これはメンドくさいです。気分的にもストレスのかかる時がたびたびあります。
特に初めての街に踏み込んだときなど、緊張で疲れます。
一人きりなんで、不安です。
でも、何人か集まって依存し合ってるよりは、一人の方がよっぽど確かで、安心だとも言えるんです。
ひとり旅では、その場にいるのは自分だけ。
これからどう進んでいくのか、この先の未来がどう切り開かれていくのか、結果に対して責任を取ってくれる人は自分以外にいない。
こういう状態に身を置くことができる大チャンスが、ひとり旅だというわけです。
この境地に入ることは、日常生活では意外と難しい。
何かうまくいかないことがあったとき、家にいたら家族のせいにする。
仕事上のトラブルが発生したときは、多かれ少なかれ、後輩や同僚や上司のせいに、してしまうんです。
でも、おわかりのとおり、誰のせいにしても、いくら「コイツが悪い」と責めても罵っても、問題は解決しないし事態は前に進まない。
時間はいたずらに過ぎ、自他ともに気分が悪くなるだけです。
『7つの習慣』的 自立との接点
自己啓発の名著『7つの習慣』を見ても、あらゆる成功の前提として「自立していること」の大切さが説かれています。
言い換えるなら、自立してない人は成功できない。
他人の文句ばっかり言いながら、そのまま人生を終えてゆく。
『7つの習慣』って、読み返すたびに「アメリカンやな〜」って感じます。
自分の人生を、自分の力で切り開いていくっていう感覚は、アメリカ(欧米?)ではきっと当たり前なんです。
対して日本では、「経済的な自立」はすごく気にするけども、この「精神的な自立」はあんまり取り立てて論じられない。
だから、いい年こいた大人でも、精神的に自立できてない人がたくさんいます。
たとえば他人のことを責める言動を取っている人っていうのは、そのとき、他でもない責めてる相手に依存しています。
でも、少し考えれば、こういうあり方というのが、自分にとっても相手にとっても社会にとってもプラスにならないことがわかります。
『7つの習慣』はベストセラーです。世界中の、めちゃめちゃたくさんの人に読まれている。
だからみんな、頭ではわかってるんです。
でも、何事もそうですが、頭でわかってるだけじゃダメで、実践しなくては意味がない。
ひとり旅とは、いわば、この実践の体験学習です。
人は体験からしか本当には学べない。
一人でする旅行には、面倒も、プレッシャーも、ストレスもあるけれど、そのぶん体に染み入る確かな実感や、「こういうことかな」っていう勘のようなものが得られます。
そうして得られた勘をベースにして、「自立した自分」という理想的なあり方を、仕事でもプライベートでも、人生全体に応用できるようになっていくわけです。
(付記)
ひとり旅以外の旅行を一切否定するわけではないので念のため。
グループ旅行にはグループ旅行でしか得られない楽しみがあります。
これは単に目的の話です。
自立力を培うプログラムとして旅行を活用するならば、一人の方がいいということですね。
ただ、旅行先で余計なケンカをせずにすませるために、グループで行くときは一人一人に明確な役割を振っておくのもいいと思います。
移動、宿泊、食事、観光など、アクティビティ別に担当を決めて、それぞれ自分の役には責任を持って運ぶようにすると、旅行全体が平和に進むでしょう。
まあ、後片付けをうまくこなしさえすれば、ケンカも決して悪くないのですが。