ある女子高生ひとり旅人のトラブル対応実録/ひとり旅の効用(3)ケーススタディ

こないだ、神戸で開かれた小さなイベントに参加してきたんですが、そこである女子高生と出会いました。

彼女はこの若さで、すごいひとり旅経験を持っている人でした。

女子高生 一人でアルゼンチンへ飛ぶ

このたび神戸三宮に、とあるレンタルスペースがオープンしたんですが、そのオープンイベントのような場に参加してきたんです。

この場所、私もちょっと使ってみたいなと思ってたもんで、そこの管理をしてる方からお声がけをいただいて、下見感覚で参加したような次第です。

当日は学生さんが主催するイベントで、若い子ばっかです。
しかも初対面の。

やや気後れはしてたものの、でもやっぱり行ってみてよかった。

たまには毎日のレールから外れてみると、面白い話も聞けますね。

さて、この女子高生。
仮にM子さんとしときましょう。

M子さんはある高校の、普通科ではなく、国際科で学んでるんだそうです。
国際情勢とか外国語とか異文化コミュニケーションとか、重点的にやるんだそうです。

でもM子さんは学校で勉強するだけでなく、実際に外国へどんどん飛び出していってるようで、実践を重ねているところがえらい。

この日、私が教えてもらったのは、彼女がアルゼンチンのある地方都市へホームステイに行ったときのエピソードです。

アルゼンチンて、私もいっぺん行ってみたいなあと思ってますけど、なんせ南米大陸の一番南の、南極の手前なので、めちゃめちゃ遠い。

「ホームステイはわかるけど、なんでアルゼンチンやったん?」
と聞くと、

「地球の裏側ってどんなところかなあと思って。行ってみたかったんです」
と言う。

リアルなところ、そういう感じですよね、行き先を決める時って(笑)
彼女はいい旅行者になりそうだわ(もうなってるか)。

さて、ホームステイなので現地には当然ホストファミリーが待っています。
そのファミリーが暮らしてる街(の最寄り空港)まで、M子さんは一人で行ったそうなんですね。

友達と一緒とかでなく。

まあ、いくら国際科とはいえ、「地球の裏側へ行ってみたい」という感性を持った友達も簡単には見つからんか。

いや、見つかるかもしれないけども、一緒にそれを決行してくれる友達はなかなかいないはず(笑)

連れが見つからないとき、ほとんどの人は行くのをあきらめてしまいます。
大人の海外旅行でも、「一緒に行く人がいなくてやめた」っていうケースは多いはずです。

でもM子さんは飛び出していきました。

高校生の女子が。
一人で。

大阪からアルゼンチンまでは直行便がないので、いっぺんアメリカに寄って乗り換えていきます。
それでも着くのは首都のブエノスアイレスなので、彼女の目的地の地方都市までは、さらにもう一回、国内線に乗り継ぐ必要がありました。

それまで一人でも順調に来ていたM子さんがつまづいてしまったのは、ここ。
ブエノスアイレスの空港でした。

地球の裏側の空港で一人立ちつくす

アメリカから到着した飛行機を降りて、さあ次は国内線に乗り継ぎます。
あんまり時間もなかったようで、さっさと次の便の出発ゲートまで行っちゃいたいところです。

ところが、それが許されなかった。

空港の職員に止められて、

「国内線に乗り継ぐんだったら、ここで入国審査を受けて、預けた荷物を一旦ピックアップせよ」

と言われたそうです。

関西空港で搭乗手続きをしたとき、チェックインカウンターの係員は

「荷物は最終目的地までお預かりします」

と確かに言ったそうです。

話がちがう。

さあ、20〜30時間前の大昔に、地球の裏側の空港で聞いた話と、いま、ここ現地で、この場を取り仕切る空港職員が言っている話の、一体どちらが大きな効力を持っているのか。

こりゃ言うまでもないです。

かくしてM子さんは、空港職員に命ぜられるまま、やむを得ず預けていた荷物を一旦ピックアップしました。

そして、それに要した時間のために、乗り継ぐはずの国内線に乗り遅れてしまいました。

ここは地球の裏側、ブエノスアイレス。

当初のスケジュールを踏み外した日本の女子高生は、たった一人、見知らぬ土地で立ちつくす羽目になってしまいました。

彼女はこの危機をどう切り抜けたか

これまでもあちこち海外へ出た経験のあるM子さんではありますが、飛行機に乗り遅れたことはなかったそうです。

どうしていいのか、わからない。
心細いこともこの上ない。

どうしようーー。

そこでどうしたかというと、M子さんは航空会社のカウンターへ行って、交渉して、次の便に乗せてもらったそうです。

「次の便まで何時間も待たされたんですけど、何とか目的地にたどり着いてホストファミリーに会えました」

ということでした(笑)

ひとり旅だから解決が早い

もしここで、彼女に道連れがあったとしたら、どうなっていたでしょうか。

おそらくは、お互いに不安で引きつった顔を突き合わせながら、

「どうしようか」
「どうしたらいいかなあ」
「もう最悪やわ」
「関空の人、荷物預けっぱなしでいけるって言うたやんな」
「おぼえてる! 絶対そう言うてた!」

といったクダリが、しばらくは続いたかもしれない。

でも、この手のやりとりというのは、いくら続けても何の足しにもなりません。

誰が悪かったとしても、責任がどこにあっても、そういう話とは別に、自分は前へ進まなくてはならない。
ホストファミリーが待ってます。

M子さんは忙しいのです。

だから彼女は、吐きそうなくらいの不安を押して、一人、航空会社のカウンターへ向かったわけです。

「カウンター行って、交渉して、次の便に乗せてもらった」って、さらっと書きました。
けど、その時はそんなイージーな感じじゃ、決してなかったはずですよ。

確かに彼女は国際科で、普通の高校生よりはいくらか念入りに英語を習っている。
でも、こんな緊急の状況下で、堂々と交渉できるほどの自信はなかったでしょう。

そこそこ旅慣れた成人でも、そんな自信ある人は少ないと思います。
誰だってこんなときは、心の中も頭の中も、グラグラする。

半泣きの顔になってしばらくは動けないものです(私も経験ありますが)。

でも、ここでM子さんはただ立ちつくしてるわけにはいかなかった。
前に進まなくてはいけなかった。

だから、勇気とクソ度胸をふりしぼってカウンターへ向かったんでしょう。

幸いなことに、

「あんた行ってきてーや」
「なんで?! あんたの方が英語得意やん。あんたが行ってきてーや」

なんていうやりとりも、彼女はせずにすみました。

一人きりでしたから。

こうしてM子さんは、自分の手で、自分の進む道を切り開いたのでした。

これは間違いなくいえることですが、一人だったおかげで、解決までの時間は早かったでしょうね。

追い込まれるから救われる

現場では呆然とただ立ちつくしてしまうような旅先のトラブル。
でも実は、こういうのがひとり旅の醍醐味なんですね。

どれだけ困っても、ただ一人で立ちつくしているだけでは、誰も助けてはくれません(北インドなどの親切すぎる土地を除く)。

いや、確実に助けてはくれます。
どこにだって力になってくれる人はたくさん、いるにはいます。

でも、じっとしてるだけではダメなんです。

だから彼女の場合も、「助けを求めにカウンターへ行く」という行動は、遅かれ早かれ絶対に必要になるものでした。

誰だって行きたくないですよ、こんなの。

まずどれだけ言葉が通じるか。
しかも、便の振替が認められるかどうかも覚束ない。

不安は何重にもあります。

でも、なにぶん追い込まれてるので、しかも一人なので、自分で行くしかない。
だから行けたんです。

ひとり旅にはこういう「追い込まれ」がある。
そしてこれは、鬼の面こそかぶってはいますが、実はとても力強い救いの手でもあるのです。

追い込まれて、仕方なくでも動くから、道が開けていく。

この感じを体で覚えることができる機会というのは、とても貴重だと思います。

「英語ができたから助かった」わけでもなかったりする

もしあなたが、このM子さんと同じ状況に陥ったとしたら、どうでしょう?
彼女と同じように独力で道を切り開くことができますか?

大半の答えは「ノー」でしょう。

「私にはとてもじゃないけど無理です」といった感じでしょうか。

でも実際には、リアルな、本当の、ホンマのところはですね、これ断言しますが、

あなたも必ず、M子さんとほぼ同じ結果までたどり着きます。

だって、もしたどり着けなかったとして、どうなるんですか?

その場でウンともスンとも身動きができない状態になって、かくしてそのまま現在に至るーーなんてこと、それこそあり得ないです。

「いや、でも私は英語が全然できないから」
とおっしゃるでしょうか。

英語が全くできない人でも、大丈夫たどり着きますよ。

M子さんより時間はかかるかもしれませんが、結果的には必ずホストファミリーに会えます。

これは実に不思議なんですが、たとえ言葉が通じないはずの間柄でも、必死のパッチで伝えることって、どうしてなんだか伝わるのです。

あとで思い返してみて、「あのとき、どうやって伝えたんやろ??」と妙な気持ちになるのは、海外ひとり旅あるあるな話です。

ひとり旅は「乗り越える」経験を積み上げるチャンス

M子さんはこの話を、自分が経験した旅の思い出の一つとして、さらりと私にしてくれました。
実にさらりと。

私は心底、「いい話を聞かせてもらったなあ」と思いました。
この若さで、こんないい話を持ってるだなんて、末恐ろしい子だとも感じました(笑)

で、私は、「あなたの成し遂げたことは偉業である」とM子さん本人に伝えました。

そして、まずはその体験を大切に記憶すること(これから会う人たちにいっぱい話したりするともっといい)。
そして、「このトラブルを乗り越えた自分」を、いつも自覚しておくこと。

この二点をあわせてお伝えしました。

なぜなら、「乗り越えることができた」という履歴を意識上に積み重ねている人は、「乗り越えること」自体に慣れていくからです。

次の回、また難しい局面に当たったときに、
「こんなこと前にもあったけど、私、ちゃんとやれたじゃない」
と、押し切っていきやすくなるからです。

ちなみにこの「次の回」が訪れるのは、何も旅行先とは限りません。
仕事の時かもしれない。毎日の暮らしの中かもしれない。

でも、場面はどうあれ、これまでに積み上げた「慣れ」のおかげで押し切っていきやすくなっていることには変わりないでしょう。

それにしても、正味の話、M子さんのブエノスアイレス空港は偉業やと思いますよ。

社会経験自体が決して多くない高校生が、地球の真裏の空港で、正規ルートを踏み外したスケジュールの軌道修正なんていう大交渉をやってのけたんですから。

すごいと思いませんか?

頼もしいし、かっこいいですよね。

でも実は、一歩を踏み出すことさえできれば、あなただってM子さんのような偉業を果たせてしまいます。

結果オーライでも、どうやったんだか本人すらよくわかっていない形でも、必ず道は自ずと開けていく。
旅の現場とはそういうもんです。

で、そうやって「しんどい思いをしながらもトラブルを乗り越えた!」という経験の積み上がっていくことが、ひとり旅の大きな醍醐味です。

まあ、旅行を企画する段階で、しんどいことを敢えて仕込んでいく必要まではないと思います。

「若い頃の苦労は買ってでもせよ」とは言いますが、いくら若くても、本当にお金を出して苦労を買い求める人がいたら、愚か者と笑われるでしょう。
(私は決して悪くないとも思いますが)

でも、わざと入れなくても、何かしらのトラブルや苦労というのは、結果的にまず間違いなく起こる。

しかもそれは、やむを得ず追い込まれてでも動いているうちに、どうしてなんだか解決していく。

だから旅行はいいんです。

ナチュラルに苦労できて、しかも半自動的に困難の乗り越えも体験できる。
ひとり旅とは、他では得難いトレーニングプログラムなのです。

付記

私は人並みに人見知りです。

いや、人並み以上かもしれません。

でも、M子さんと出会えた今回のようなイベントなんかにも、割とよく顔を出します。
知らん人ばっかの場にも、クソ度胸をふりしぼって出かけていくようにしています。

結果、今回みたいに面白い人と会って、いい話を聞けることが多いからです。

「行く前はしんどいけど、でも行ってみてよかった」で終わるパターンに、慣れてきているからですね。

実際の困難だけでなく、こういう心理的な壁を乗り越えていくときも、「慣れ」というのは背中を押してくれる。
こういう乗り越えをすべてひっくるめて、私は「越境」と呼んでいます。

そしてこの越境力は、私の場合、これまでの旅行で培われたことが大きかったなあと実感しています。